亨進様が森の中の訓読会で語られたみ言、Part2です。
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 このような内容を通して、自分の現状を理解し、神様のもとに帰ることができます。なぜなら、私達の義ではなくて、私達が信じて愛するキリストの義によるからです。しかし、それは霊的救いであり、再臨のキリストが来られる時は肉的救いです。この肉的救いとは何でしょうか?十字架ではイエス様が霊的救いをされ、肉的救いは再臨のメシアがされました。どのように肉的救いをされると思いますか?肉的救いとは何ですか?(血統転換です。) そうです。血統です。では、その血統はなぜ重要なのですか?(代々受け継がれてきたサタンの血統が、神様の血統に変わったからです。) そうですね。これはとても重要なことです。聖句では、サタンを、この世の暗闇の王といいます。悪の王です。また、サタンがイエス様に与えた3つ目の試練は、「お前が私に敬拝したら、全ての王国をお前に与えよう」でした。サタンはこの世界の王です。
 そのような観点から見た時、血統転換とは何でしょうか? 私達はサタンの王家にいますが、その王家から血統転換されるということは、どういうことですか?(王の支配下から逃れることが出来るということです。) 逃れた後どうなるのですか?他の人の奴隷になるのですか?それとも、他の王に仕えるようになるのですか?(王のもとで仕えることになります。) その他の王とは誰のことですか?(神様です。) そうなのです。簡単ですね。サタンの王家を発ち、神様の王家に入るのです。これはとても重要なことです。ここにいる男性達も、結婚したら自分達の家の王にならなければなりません。その責任があります。あなたたちははキリストの身体のように、夫として、一家の王とならなければならないです。また、キリストが犠牲となったように、あなたたち男性も家庭の犠牲とならなければなりません。また、男性は家庭の王なので、家庭の祭司長です。それは、家庭を霊的に指導し、導いてあげなければならないということです。エペソ人への手紙5章では、「妻をキリストのように愛さないといけない」とあります。妻を無限の愛で指導しないといけません。また、同じ聖句に、「妻は夫を無限に尊敬しなければならない」とあります。皆さんは祝福を受けていないので、まだわからないと思いますが、祝福を受ければわかります。夫にとって一番難しいことは、妻を無条件に愛することです。また、妻にとって一番難しいことは、夫を無条件に尊敬することです。ですので、キリストがあなた達を愛するように、夫と妻はその難しい内容を全て愛に変えないといけません。なぜなら、夫が求めているものは、尊敬されることだからです。そうですよね。妻が求めているものは、尊敬もそうですが、一番は愛です。
 神様がある夫婦に祝福を与えました。しかしある日、妻は夫を尊敬できないと思いました。その夫が夫らしくなかったからです。多くの女性は、そう考えてしまうのです。また、尊敬できないため、夫を私(妻)が変えることが出来ると錯覚してしまうのです。しかし、神様がそれを見た時、妻は罪人として地獄に送られるでしょう。神様は私達が一番したくないことをさせます。なぜなら、神様が既にそれをされたからです。私達が罪人だった時、神様は私達を愛してくださいました。私達が苦しんでいた以上に神様はもっと苦しんでおられました。ですから、夫婦間に愛と尊敬がなければ、結婚は壊れてしまいます。その家庭が滅びると、神様の願う理想の家庭とは全く違うものとなってしまうのです。そのようになると、神様の王国が勝利しますか、サタンの王国が勝利しますか?そのような内容を通して、神様は私達に罪があるという事を忘れてはならないとおっしゃったのです。私達が優れているから、神様のもとに行き、天国に行くことができるのではなく、キリストの勝利によって行くことができるということです。傲慢になってはいけません。錯覚してはなりません。夫となっても、妻となっても、錯覚に陥ってはなりません。あなたの義はあなたから来るのではなく、キリストから来るのです。あなた達の能力や力が強いのは、あなた達の中にキリストが臨在しているからです。
 フィリポの福音書4章13節で、「キリストを身にまとえば、全てのこと為すことができる」とあります。私達は勉強ができるとか、何かできるとかいう能力は、自分が生み出した能力ではなく、神様から与えてくださった贈り物です。男性達は、神様が与えてくださった才能なのにもかかわらず、自分で生み出した才能だと錯覚してしまうのです。親のお陰だと考えたり、他の人達が褒めてくれたから、自分がそういう才能を生み出すことができたと考えがちです。しかし、神様が私達にそのような才能をくださり、その才能を活かすように発展させる機会を与えてくださったのです。神様に恩恵をお返しすると決意した時、その人は強くなりますか、弱くなりますか?(強くなります。) ですから、柔術などをして勝利した時に、神様に栄光をお返ししないといけません。普通の人は自分が勝利するだけの能力があると錯覚してしまいます。しかしそれは神様が私達にくださったものです。柔術の指導を受けましたね。あなた達よりも若い二世達とも訓練しましたね。その二世達も自分が優れていると錯覚してしまうのです。なぜなら、技術を持っているので。だから、私はその子達を叱ります。あなた達が優れているのではなく、神様が準備してくださった人たちによって、あなた達の技術が伸ばされたのだと。神様に栄光をお返ししないといけません。錯覚しているだけで、自分の才能ではありません。神様の与えてくださったものだとは知らずに、錯覚してしまうのです。全てのものを神様にお返ししなければなりません。神様の喜びは私の力です。私達がそのようにして全てのことに感謝し、神様にお返しすることが出来たら、神様は喜ばれますか、喜ばれませんか?(喜ばれます。) そうであるならば、その喜びが私自身の力となります。ドラゴンボールのような力は、本当の力ではなく、錯覚の中の力です。あなた達青年達が来る前に中高生達が来ました。その中高生の時は、ドラゴンボールのようなゲームを好みますね。そのようなゲームをする時、自分が強いと錯覚してしまいます。「自分が自分自身を信じれば、強い力を発揮することが出来るんだ」と言うように。現実を知らないといけません。なぜなら、神の国は実体で建設されなければならないからです。天一憲法に従った天一国が建設されなければなりません。政府軍が奴隷とならなければなりません。

(つづく)
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